これからのインタープリター育成への考え方

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●インタープリテーションは変化している

 グローバル化、テクノロジーの進化、持続可能性の概念の普及など、社会が大きく変化する中で、様々な分野で変革が進んでいます。

 「インタープリテーション」の分野でも、新しい時代のインタープリテーションについての検討や、それを担う「インタープリター」に求められる知識や技能、行動特性(それらをまとめてコンピテンシーとする)に関する議論が行われています。アメリカ国立公園局では2010年代「21世紀のインタープリテーション」に関する文書が相次いで出され、その中で、インタープリテーションの役割や目的、求められる人材などが新たに示されました。インタープリテーションの実践的な技術についても経験の蓄積や、研究の進展によって、様々な整理や試みがされています。

 日本インタープリテーション協会は、1990年代初頭から継続的にインタープリターの養成に取り組んできましたが、このような社会の変化に併せて、インタープリテーションの普及や人材育成の方法の大規模な見直しに着手しています。

●「インタープリテーションに携わる人材の育成指標(略称:コンピテンシー表)」

 インタープリターのトレーニングは、「研修会」などの形で様々な主体によって行われています。時間が限られる「研修会」ではインタープリテーションの解説技術の側面に焦点が当てられることが多く、全体像を学ぶ機会はあまりありません。このことはインタープリテーションについての理解を「ガイドさんの解説技術」だけに限定してしまうことに繋がっていたかもしれません。本協会の関係者だけを見ても、インタープリテーションの捉え方には差異がありました。

 そこで、インタープリテーションに関わる人材について、それぞれの立場の人が習得するべき知識、技術、在り方の全体像をまとめた「インタープリテーションに携わる人材の育成指標(略称:コンピテンシー表)」を作成しました。

【Copyright】一般社団法人日本インタープリテーション協会,2021

 この指標は、当協会の関係者を中心にしたインタープリテーションの実践者と研究者による長時間のワークショップと、全国規模のフォーラムや学会での発表とフィードバックを受けて改定を繰り返し作られています。インタープリテーションの捉え方は様々でコンピテンシーは絶対的な基準ではありませんが、人材育成に取り組むときに一つの「モノサシ」になると考えています。

 当協会の主催の研修会、後述の高等教育機関へのプログラム提供、地域からの要望に応えて計画する研修等はこの「コンピテンシー表」に基づいて計画をします。

●観光分野の重視:地域振興と資源保全を両立させる具体的手段としてインタープリテーション

 日本のインタープリテーションは、自然学校やエコツーリズムなど、環境教育を志向する民間団体によって普及したためか、観光よりは教育や保全の色合いが強い傾向があります。よりいっそうの普及のためには、広く観光分野へアプローチし、持続可能な観光や地域づくりに貢献することが必要だと考えます。このことは、観光分野により教育的なコミュニケーションを普及していこうという意味でもあります。海外では国立公園以外の観光施設、例えばワイナリーや記念館、町並み保全地区などにもインタープリテーションが普及しています。

●自然だけでなく、歴史や文化的な要素のインタープリテーション

 日本のインタープリテーションは「自然体験型の環境教育」の分野から広がったことや、国立公園が「自然公園」と定義され環境省によって管轄されていることなどから、全体に自然系に偏っている傾向がありました。しかし、日本の観光地には歴史的な地域が多く、保全すべき有形・無形の歴史・文化資源がたくさんあります。自然景観だけを見ても、人の暮らしや文化との結びつきが強く、自然と歴史・文化を切り離すことは逆に難しいと言えます。これらのことから、歴史や文化を題材にしたインタープリテーションにさらに力を入れるべきだと考え、取り組みをはじめています。特に歴史分野のインタープリテーションには特有の考え方やノウハウが必要であり、今後さまざまな探求や開発が必要だと考えます。

●高等教育へのカリキュラム提供

 インタープリテーションの裾野を拡大するために、インタープリテーションについて学ぶカリキュラムを大学や専門学校等へと提供していきます。2023年度現在は、帝京科学大学生命環境学部、筑波大学大学院 世界遺産学学位プログラムなどに本協会のカリキュラムに基づいたプログラムが提供されています。

●インタープリテーション全体計画の普及

 日本国内ではたくさんの個性豊かなインタープリターが活躍しており、高い技術レベルでガイドプログラムが行われています。一方、インタープリテーションの別の側面である「全体計画」の普及はとても遅れています。インタープリテーション全体計画(Interpretive Planning)は、ガイドプログラムだけでなく、展示や印刷物、野外サインなど、国立公園や観光地域のインタープリテーションの全体を考えようとする計画です。アメリカの国立公園では2000年前後から、すべての公園で全体計画がつくられるようになりました。その後、観光地域や動植物園などにも広く普及し、例えば、ユネスコの世界遺産では登録申請の際にインタープリテーション全体計画を作ることが求められています。インタープリテーション全体計画の普及にも力を入れて行く必要があると考えます。

●人材が育つ環境づくり「人材育成の生態系」を創ろう

 ICT技術の進展などによって、専門分野の学習の方法は大きく変化しています。研修会や講演会だけの人材育成は非効率であり、学習者に選択肢や柔軟性を与える多面的な学習環境「人材育成の生態系」の構築が有用であると考えられるようになっています。オンデマンド教材や物理的な距離を超えての交流は、飛躍的にやりやすくなっています。インタープリテーション協会では、地域それぞれが「人材育成の生態系」を構築するためのサポートをしたいと考えています。それらのために、上述の「インタープリテーションに携わる人材の育成指標(通称;コンピテンシー表)」の公開や、このあとに記述する「教材のアーカイブと公開」等に取り組んでいます。

インタープリテーション協会が構想している「人材育成の生態系」
※現状で実現していない部分も含まれています。

●教材アーカイブ

 これまで、作成した研修会用のテキストや、大学の実習で使用している資料、新しく作成した資料などの主要部分を、ウェブ上にアーカイブし、オンデマンド学習に利用できるように公開する予定です。今後も教材を追加し、インタープリテーションを学びたい人が、いつでも情報を得られるようにしていきます。

 今後は動画教材の充実も検討しています。

●地域のニーズに則してカスタマイズできる研修プログラムの提案

 インタープリテーション協会では、合宿の集合研修である「インタープリター・トレーニング・セミナー」を1991年から開催してきました。主催セミナーの回数は60回以上、その他の研修機会や受託研修を加えると100回を越える研修を行ってきました。

 通信技術の急速な進歩と普及を背景に、オンラインでの研修もある程度できるようになっています。オンラインの活用により研修会参加の選択肢を広げます。また、主催の研修とは別に、これまでも実施してきた、地域からのオーダーに基づく研修や、地域団体との共催による公募研修、地域版の「人材育成の生態系」の構築への協力などにいっそう力を入れたいと考えます。

●実践経験および、新しい研究成果からもたらされた理論に基づく研修カリキュラム

 ここ20年程のインタープリテーションの実践や研究はめざましく進展しています。新しい理論や事例を研修カリキュラムの中に積極的に取り込んでいきます。インタープリテーション協会のトレーニング検討チームのネットワークには、主たるインタープリテーション専門団体の専門家や大学の研究者が参加しており最新の情報の共有を図っています。

●インタープリターズ・フォーラムなどの人材育成への活用

 「人材育成の生態系」の中に図示したように、インタープリターの向上には、同業の仲間の「共創的なコミュニティ」の中でのコミュニケーションや、新しい情報に触れることが重要です。同一地域内はもちろん、地域に埋没するのでなく、積極的に他地域と交流することが向上につながると考えます。日本インタープリテーションは年に1,2度インタープリテーションに関するフォーラムや勉強会を実施している他、メーリングリストIP-mailなどのプラットフォームを適用しており、そのような場を地域の人材育成に活用してほしいと考えています。

●持続可能な社会のためのインタープリテーション Audience Centered Experience

 「持続可能性」という文脈でインタープリテーションを考える中で、ガイドプログラム等の手法にも変化が起きつつあります。持続可能な社会に向かっていくには唯一絶対の正解というものがありません。ですので、ガイドが一方的に自分のメッセージを伝えるだけでなく、インタープリテーションの場で参加者と共に「意味作り」をする、「参加者中心(Audience Centered )のインタープリテーション」が必要だと考えられるようになり、計画手法などが検討されています。

 参加者中心の考え方は、インタープリターは自分が持っているバイアスに気づくことが求められます。たとえば、歴史の解説をするときには、解説者の出身地や考え方のバイアスがかかりやすく、それに気づかないでいると他国からの参加者には受け入れられないストーリーになってしまうかもしれません。持続可能な社会の実現ためには、国際理解や協調が不可欠なので、歴史のインタープリテーションも、よりユニバーサルで未来志向なものにしていかなければならないのです。これも「これからのインタープリテーション」が持っている大きな課題の一つです。

 このような新しい状況や課題の中で、今後もインタープリテーションに関わる人材育成を柔軟に検討してい行きたいと考えています。